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姜萬吉の韓国冷戦勢力批判(5)

冷戦勢力克服の道は何であるか
 冷戦勢力克服の道は、第一にかれらの成立した要件、すなわち根を除去し、第二にかれらが依存しその勢力を強化した背景を清算し、第三にかれらの生存根拠と属性を正確に抽出し消去することだといえる。冷戦勢力の根は親日勢力であったと述べた。第二次世界大戦が終了すると、わずか5年間ナチの支配をうけたフランスでは、ナチに協力したフランス人約13万人を裁判し、死刑執行約800名、終身強制労働刑2700余名など、総約5万名を処罰した。日本帝国主義の侵略を15年間うけた中国蒋介石政府は、日本帝国主義が敗戦した1945年から1947年までの2年の間に、親日反民族勢力、すなわち漢奸3万8000余名を起訴し、死刑を含む1万5000余名を処罰した。
 しかし周知のように35年間日本帝国主義の侵略をうけたわたしたちの民族社会の場合、米軍政は言うまでもなく、李承晩政権も「反民族行為処罰法」をつくりはしたが親日派に対する処罰をうやむやにした。この状況から半世紀を経ることで直接親日行為をした者は大部分死亡し、一部生存しているとは言っても処罰の必要がないほど廃物となった。冷戦勢力を克服するための根である親日勢力を克服する必要性が高いといっても遡及法を制定するのは難しく、仮に制定するとしても親日行為をした当事者はすでに大部分死亡し、その後継たちがたとえ現在の冷戦勢力を構成する重要な部分であるとしても連座法を適用することはもちろんできない。
 しかし冷戦時代を超え新しい世紀を迎えて民族問題を和解と協商を通じて平和的に解決しようとするとき、親日後継勢力が冷戦勢力となってそれを阻害する反歴史的要素になっているのであれば問題は深刻である他ない。冷戦勢力の根である親日勢力をいま実定法で罰し得ないとしても、歴史的清算を徹底的にすることが冷戦勢力克服の重要な方法のうちの一つであることは強調せざるをえない。とくにこの先、親日勢力の粛清を比較的徹底して行った北側と平和統一をする過程において、親日勢力に対する歴史的清算は必須的要件となるだろう。
 次に、過去において親日勢力と冷戦勢力が棲みついてきた温床は独裁政権であった。したがって冷戦勢力を克服する道は独裁政権の残滓を徹底的に清算して民主主義を積極的に発展させる道であるといえる。1990年代に至って金泳三政府、金大中政府などが登場することで、政治的民主主義はある程度進展したといえる。しかし金泳三政府は盧泰愚軍事政府と三党統合を通じた野合によって成立し、金大中政府は金鐘泌旧軍事政府勢力との連合によってのみ成立しえたのである。
 解放後はじめて与・野間の政権交代が成立したとはいえ、金大中政府は民主勢力単独で成立しえず、それゆえいまなお冷戦勢力の相当部分が保守勢力という名の下に権勢をふるい気勢をあげている。金大中政府が民主勢力のみで成立できなかったことはその責任が国民にあり、今後金大中政府以降の政府を徹底して民主勢力のみで成立させることが、冷戦勢力を克服する重要な当面の課題のうちの一つであるといえる。
 民主勢力のみで成立しえなかった金大中政府の下では政治的民主主義も期待通りには進展しえなかった上に、経済改革と呼ばれる経済的民主主義も大きな難関にぶつかった。30年のあいだ軍事独裁政権時代を通じて形成された非民主的経済構造と独裁軍部と癒着した経済勢力が適切に除去されない限り冷戦勢力の克服は困難である。事実、親日勢力やその変形としての冷戦勢力は政治勢力としてのみ存在しているのではなく経済勢力にもその重要な部分を占めている。経済的民主主義の発達は冷戦勢力の温床自体を除去する重要な道の一つである。
 先にも述べたが、冷戦勢力は言うまでもなく統一問題が平和的に推進されることを嫌悪し、南北の間での冷戦体制がつづくことを願うのである。したがって南北のあいだの平和統一政策を積極的に推進することこそが、冷戦勢力を克服あるいは解体する近道である。過去、冷戦勢力は6・25戦争以降たとえ戦争統一を表では主張しなかったとしても、北側でまったく受容し得ない国連監視下での南北韓総選挙案やあるいは北韓だけでの総選挙案を主張しながら冷戦体制を維持してきた。要するに正しい意味での平和統一案を拒否したのである。
 そのうちドイツで西ドイツによる東ドイツの吸収統一がなされるや、韓半島の冷戦勢力たちもかれら中心の吸収統一を強力に希望した。金泳三政権の南北頂上会談の合意が吸収統一路線の一時的政略からでたものでないなら、一方の首脳が死亡したとき、その後継権力との会談の企図のためにも、弔問騒動のようなことは生じなかっただろう。しかしたとえ首脳会談に合意したとはいえ、それは冷戦勢力の一時的政略であって正しい意味での和解統一・協商統一・平和統一政策からでたものではなかったために、一方の首脳が死亡するや否や弔問騒動がおこりただちに冷戦体制を維持する方にむかったのである。
 後日のことだが、その後継である金大中大統領が平壌で第1回南北首脳会談を成功させ、第2回首脳会談のため金正日委員長がソウルに来るとなるや、過去の在任中首脳会談に合意したことのある金泳三前大統領が、金正日委員長のソウル訪問に反対する国民運動を展開すると述べた事実からも、その在任中の首脳会談の合意が和解・協商・対等・平和統一政策からでたのではなく、冷戦勢力の一時的政略に過ぎなかったことが十分証明される。
 前に述べたように、金大中政府は平和統一勢力のみで成立した政権ではなく、冷戦勢力・反北勢力の一部と連合して成立せざるをえなかったために、政権成立後しばらくのあいだは積極的和解政策が実施されるのは困難であった。そうでありながら正しい意味での平和統一のための包容政策、すなわちわたしたちの言うところの積極的和解政策がねばり強く続けられたことで最初の南北首脳会談が成功し6・15共同宣言がなされたのであり、それが冷戦勢力に対して大きな危機意識を与えたのである。しかし対北和解政策及び協力政策の進展に脅威をいだき身震いする冷戦勢力を克服する道は、和解政策・協力政策をひきつづき積極的に展開してゆくことだといえる。そして前にも述べたように、金大中政府以降においては、民主勢力・平和統一勢力のみの新政府を成立させることが重要である。
 要するに現在の時点における冷戦勢力克服の道は、まず冷戦勢力の根と言える親日勢力に対する歴史的清算を徹底することが重要である。とくに南北のあいだで和解・平和統一政策が推進されている時点において、相対的に親日派の粛清が不徹底であった南側の場合、北側との均整を維持するためにも親日派に対する徹底的な歴史的粛清が要求されている。
 解放後、親日勢力が政治・経済・文化界などにそのまま生き残りえたもっとも重要な原因は、李承晩独裁体制と朴正煕政権をはじめとした軍事独裁政権の継続であったと先に述べた。李承晩政権と軍事政権を含めて40年を超える独裁期間は解放後わたしたちの歴史の大部分を占め、その期間を通じて政治・経済・社会・文化などに至るわたしたちの歴史全体が歪曲され、それがただちに冷戦勢力が棲む温床となった。独裁体制の根を除去し冷戦勢力の棲みかを除去するために、政治・経済・社会・文化的民主主義を確立してゆくことはただちに冷戦勢力を克服してゆく道となるのである。
 親日勢力から冷戦勢力へと至る一連の勢力たちは必然的に反北勢力となるのであり、したがって北側との間で冷戦気流が継続することにおいてのみその生存空間が維持されるのである。かれらが南側中心の武力統一や吸収統一を念願するのもそのためであり、武力統一や吸収統一の可能性が希薄化し南北協商統一・和解統一・対等統一の展望や可能性が高じるほどに焦燥に駆られるのもそのためである。したがって冷戦勢力を克服する道は平和統一・協商統一・和解統一の道をひきつづき広げてゆく道であると言う他ない。

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